デイリーレポート

「楽しくなればジャズじゃない」惚れ惚れする素晴らしいステージ
渋谷新店の特別企画【小曽根真 2Days スペシャル】その第2夜は《デキシーランドジャズ特集》小曽根真(pf)中村健吾(b)高橋慎之介(ds)さんトリオをバックに親子共演 中川喜弘(tp)さんと中川英二郎(tb)さんそしてスペシャルなゲストに日本のジャズレジェンド大御所 御歳92歳の北村英治(cl)さん。
小曽根さんのお父様は、ピアノ&オルガン奏者として活躍された故小曽根実さん。北村さんとは大の仲良しで、そのお父様の影響で4歳の頃からオルガンを弾き始めた真さんの天才ぶり披露の北村さんの楽しいトーク。そして中川さんのお父様も中川英二郎さんの天才少年の愉快なお話。世界の小曽根さんのいつも楽しい音楽の原点は、デキシーランドジャズにありご自身も大好きだというデキシー。親子のボーカル掛け合いもあるは、愉快なお話あるは…終始笑いの耐えない素晴らしいステージでした。
それにしても北村さん、ステージに立って吹き始めると92歳にはとても思えない矍鑠とした素晴らしい演奏にびっくり !! そんしてなにより大ベテランたちの音の綺麗なこと !! 惚れ惚れしました。
忙しさは相変わらずでブログレポートも溜めないように書くのが大変。しばらくは遡って写真の更新も徐々に行っていくつもりです。
★★★
お客さまの中西光雄さんが今ライブレポートを書いてくださっています。その(1)が届いていますのでその(2)が来ましたらここに掲載させていただきます。いつもながら、ステージの情景が目に浮かぶような素敵なレポートです。お楽しみに !!
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◉先日届いたのは、中西光夫さんのレポートその前編でしたが、この程、セカンドセットまでの最終レポートが届きましたので、前回のレポートに変えて全編(決定稿)を掲載させていただきます。(後半のセカンドセット以降が新しい記事です)
【小曽根真 2 Days スペシャル】Day 2
《デキシーランドジャズ特集》小曽根真(pf) 中川喜弘(tp) 中川英二郎(tb) 中村健吾(b) 高橋信之介(ds) スペシャルゲスト:北村英治 (cl)1st set…
01 Indiana
02 Basin Street Blues
03 Won’t You Come Home, Bill Baily
04 Struttin’ in Kitano (Makoto Ozone)
05 Into the Sky (Eijiro Nakagawa)
06 That’s A Plenty
07 Memories of You
08 The World Is Waiting for Sunrise
Encore
09 Do You Know What It Means to Miss New Orleans2nd set…
01 When You’re Smiling
02 Life Is Beautiful (Eijiro Nakagawa)
03 Bourbon Street Parade
04 Air on the G strings (Bach)
05 Rose Room
06 Tiger Rag
07 Memories of You
08 Sing,Sing,Sing
Encore
09 Body and Soul
10 Avalon日本のジャズの聖地南青山BODY&SOULが、渋谷公園通りに新装開店して3日目となるこの日。【小曽根真 2Days スペシャル】Day2は《デキシーランドジャズ特集》である。
小曽根さんは、18歳のとき、アメリカに留学する前にひと月ほど東京に住んでいたことがあり、その時心安く練習場所を提供してくれたのがBODY&SOULのママ関京子さんであった。以来東京のママとして長いおつきあいが続く。京子さんは、店の鍵とセキュリティーカードを小曽根さんに貸し、その夜のライブのリハーサルがはじまるまで自由にピアノを使わせてくれたのだという。のちにNo Name Horsesのツアーも一緒にまわったのだし、そもそも当夜のドラマー高橋信之介さんを小曽根さんに紹介したのは京子さんだったりする。その京子ママの80歳での挑戦を、小曽根さんは熱いライブで祝福しようとするのは当然のことであろう。
【小曽根真 2Days スペシャル】の2日目は《デキシーランドジャズ特集》。小曽根さんは他ではほとんどやることのないデキシーランドを、このBODY&SOULで演奏する。少年時代の小曽根さん(マー坊)が、今は天国にいる父小曽根実さんに連れられて行った芦屋の仏教会館で聴いたのがデキシーランド。小曽根さんにとってデキシーランドは自らのルーツだと言う。ジャズの歴史と自分史が重なるというわけだ。そのデキシーランドは、ジャズのルーツであるがゆえに、コンサートホールではなく、クラブというインティメイトな空間で演奏するのがふさわしいと小曽根さんは語る。そのレアなライブに私たちオーディエンスは招かれ、その世界に没入した。なんという幸福であろうか。
ベース中村健吾、ドラム高橋信之介という圧倒的なリズムセクションに支えられ、デキシーランドをリードするのは、トランペットの中川喜弘とトロンボーンの中川英一郎の親子。御年79歳の中川喜弘さんは、「スペシャルゲストの北村英治さんにくらべればただの若造です」とクラブを沸かせたが、現在も毎日4時間以上練習を続ける情熱で、音楽への愛をその艶めいたセクシーな演奏で表現した。そこに息子英二郎さんのトロンボーンがからむ。心に火をつけられたリズムセクションのすばらしいソロが続く。
1曲目の ”Indiana” からクラブ中が熱狂の渦に巻き込まれたのである。演奏の途中で喜弘さんが指4本を下に向けてサインを送る。演奏後小曽根さんが、これは♭4つという意味で、はじめ♭1つではじまったこの曲が、♭4つで終わるというサインだったと解説してくれた。「ひさしぶりに見ました。ビックリした!勉強になります」と笑わせる。
2曲目のスローな “Basin Street Blues” でも喜弘さんは指でのサインを連発。「だんだんワークショップみたいになってきましたね。じゃここからはメンバー全員が一回ずつ意味の無い動きをするということに決めましょうか?」とさらにオーディエンスの爆笑を誘った。「ひさしぶりにリードに僕たちリズムセクションが強く引っ張られている感じがして、ほんとうに気持ちがいいです」とも。情熱的な大先輩の演奏に深いリスペクトの気持ちを表した。熱い、ともかく熱い演奏だった。その喜弘さんは
3曲目の “Won’t You Come Home, Bill Baily” でついに歌を披露することになった。 “Won’t you come home Bill Bailey, won’t you come home ? She moans the whole day long.” かつてサッチモがカバーしたこの曲を、同じトランペッターとして歌う喜弘さんは、実に楽しそうだった。この曲のオリジナル楽譜は1902 年に出版されている。まさにオーセンティックポップスの極みといえる。喜弘さんの「ソング」は実にかっこよかった。デキシーランドの曲は、たとえそれがインストゥルメンタルの演奏であっても「ソング」である。それゆえそれぞれの曲がシンプルに完結し、それぞれがドラマを持つ。喜弘さんの「ソング」の存在感は、そのことを私たちに思い知らせてくれた。
ここで小曽根さんが喜弘さんに「英二郎さんはどんなおこさんだったんですか?」と水を向けた。「なんにも手がかからないまま音楽に飛び込んできてくれた子でしたね。この子が5歳のころ、僕は毎週木曜日に『ライムハウス』でレギュラーを持っていたんですが、さすがに英二郎は幼稚園とか小学校があるから、そっとクルマで出かけるんです。それでふと後ろを振り返ったらこの子が乗ってるんですね」。(笑)「僕『ライムハウス』が大好きだったんです」と英二郎。そのライムハウスで “Sing, Sing, Sing”を聞いて「僕あれやりたい」と言った英二郎さんは、その時小学校一年生で、トロンボーンより10㎝も身長が小さかったらしい。その頃中川さんの家にはあらゆる管楽器があったのだが、たまたまトロンボーンだけ人に貸してなかった。それを返して貰うまでの一週間、喜弘さんは英二郎さんに「聖者の行進」ので演奏の基本だけ教えておいた。一週間後、喜弘さんがトロンボーンを持って深夜に帰宅すると、英二郎さんが起きてきて、ケースを開け、いきなり “Sing, Sing, Sing”の冒頭部分を正確に吹いた。「この子はどうしてこんなことができるのだろうと思いました」と喜弘さんは驚いてみせた。ここにも音楽の神に愛された天才がいる。喜弘さんが英二郎さんを語る言葉には愛が満ちているが、同時に同じミュージシャンとしての強いリスペクトがあるように私には感じられた。
「楽しい曲を演奏するとグッと胸が熱くなる……それが実感できるのがデキシーランドのよさだと思います」と小曽根さん。自己の音楽史の最初にデキシーがあった英二郎さんと小曽根さんの思いは深い。
4曲目は小曽根さんが作曲した “Struttin’ in Kitano”。小曽根さんが13歳でデビューした神戸のジャズクラブ「ソネ」にデディケートした曲である。「この曲を演奏することにして、3日ほど楽譜を送ったんです。いつもギリギリでごめんなさい。それで、さっきリハーサルのとき、おとうさん(喜弘さん)に、今日は楽譜持ってきてくれましたか?と聞いたら、拡大して持って来てくださったんだそうで……(笑)。この曲変わった曲で、リハーサルでやってもなかなか合わないんですけれど」と小曽根さん。テンポあわせの難しい、新作のデキシーランドともいうべきこの曲を、中川さん親子は、強靱なリズムセクションに支えられて、トランペットとトローンボーンの見事な対話を披露してくれた。弱音器を使った喜弘さんのトランペットは実にセクシーであった。
5曲目は小曽根さんと英二郎さんのデュオで、英二郎さんのオリジナル楽曲 “Into the Sky”。何度聴いても心が晴れ晴れする英二郎さんの代表曲である。「No Name Houses をはじめてもう16年になりますが、真さんと、こうしてお互いのルーツであるデキシーを演奏できることになるなんて思いませんでした。」「今なかなかデキシーを聴く機会はないよね」「はい、若手がすこし違ったかたちでやっている場合はあるんですが、こういうオーセンティックなのはめずらしいですね」「いま、『若手』って言ったね。みなさん英二郎くんも『若手』って言う歳になったということですよ。」クラブ中が笑いの渦になった。もちろん息の合ったふたりのかけあいはパーフェクトだった。
ここでいよいよスペシャルゲストの北村英治さんが呼び込まれる。この夜の出演がきまったのは一週間ほど前。あまりはやく約束して北村さんの気持ちが変わったらまずいので、小曽根さんはあえて一週間前に電話をかけたのだという。「マー坊はほんとうに年寄りを大事にしてくれる。」と感謝の言葉を繰り返す北村さん。「仲間たちはみんなくたばっちゃった。気がついたら92歳です。でもなんにもどこも悪くないんです」。すてきな笑顔をみせながら軽妙洒脱に語る北村さんは昔と少しもかわっていない。ほんとうにダンディだ。私たちオーディエンスは、しかし、北村さんの演奏を聴いて驚愕することになる。
5曲目はデキシーの名曲 “That’s A Plenty(これで満足)” をご機嫌に。北村さんの加入で盛り上がるホーンセクションのかけあいに続いくリズムセクションのソロもまことに見事で、中村健吾さんのベースソロの途中で小曽根さんが「コーヒー飲みにいこうか?」と呟いて、さらに盛り上がるという具合だ。とにかく楽しくてしかたがない。
6曲目は、小曽根さんのたっての願いを北村さんが聞き入れるかたちで “Memories of You”。艶めくクラリネットの音色がスイングする。北村英治さんといえばこの曲というほどの代表曲で、私自身半世紀前の中学生の頃から聴いてきたが、なによりも92歳の現在の演奏が一番美しく心を打つことだ。北村さんの演奏は、92歳になった今も進化し成長を続けている。その生き方の端正さと美しさが、私たちに切々と訴えかけてくるのだ。涙なしに聴くことはできない。「バックにこんなにすばらしい方々がいてくれて演奏できるのはほんとうに幸せです」と北村さん。「でもそれはリードがすばらしいからですよ。やっぱりフロントの方が、こっちの方向に行きたいとはっきり伝えてくださると、僕らも『はいっ』といってついてゆきたくなる。僕らはさっきからおとうさん(喜弘さん)に振り回されてますけど……(爆笑)」と小曽根さんが返す。「それを汲み取ってくれるのはやっぱりありがたいです。マー坊はほんとうにすばらしい」。「昔おとうさんが『マー坊がピアノやってるんだよ』って言ってて『だれだ、そいつ』って僕が(爆笑)。」「今日はオレも弾きたいってここに来てますよ」「東京までよく弾きにきてたですもんね。」「息子もいいけどオレも使ってってよく言ってたらしいです」(笑)。そう確かに小曽根実さんのソウルがともにあった。
ファーストセットの最終曲(7曲目)は “The World Is Waiting for Sunrise(世界は日の出を待っている)”。北村さんのクラリネットからはじまるこの曲はきわめて高速にリズムを刻む。喜弘さんのトランペット、英二郎さんのトロンボーンがそれに続く。小曽根さんのピアノがさらに挑発するようにアクセルを踏んで、とんでもない速度でエンディングを迎えた。
いったんステージを降りたメンバーが、オーディエンスの拍手ですぐ呼び戻されたのはいうまでもない。「こんな風になるから、最後は静かな曲をやろうといったんだよ」と笑う小曽根さん。「あれは92歳の速さじゃない!あれは反則ですよ」。アンコールは(8曲目)は小曽根さんの提案で “Do You Know What It Means to Miss New Orleans” と決まった。スローでバラードをイントロなしで。北村さんの美しいクラリネットではじまり、艶めいたソロで終わった。まことにすばらしい記憶に残るライブだったと思う。
中川喜弘さんのソングが、北村英治さんのソングと重なってゆく。デキシーランドの曲は比較的短く完結的だ。だから1時間ほどのライブの中で9曲が演奏された。どれもがすばらしい演奏で、ひとつひとつの曲にドラマがあり、ミュージシャンたちのソウルが映し出されていたように思う。そして底抜けに楽しい。小曽根さんが言う「楽しい曲を演奏するとグッと胸が熱くなる」……そのデキシーランドジャズのすばらしさが、またこのインティメイトなクラブジャスのよろこびでもある。新しくなったBODY&SOULに、命が吹きかけられた瞬間だった。そこに立ち会えた私たちの僥倖を誰も否定できまい。(ファーストセット終了)
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今回のライブは完全入れ替え制で行われた。だからセット間の休憩時間も、人の動きが絶えることはない。小曽根さんをはじめとする出演者も、ほとんどクラブのフロアに留まって興奮冷めやらぬオーディエンスたちの熱い感想を聞き、丁寧に質問に応えていく。そう……この雰囲気がジャズクラブなのだ。NYも東京も同じで、音楽がとても近い。幸せそうに帰途につく人、期待に目を輝かせながら店にはいってくる人、みんな笑顔である。そう……これがBODY&SOUL。やがて一段落ついた小曽根さんが、調律の終わったピアノに戻ってきた。ピアノに置かれた大量の楽譜を持ちバックヤードへ。セカンドセットの演奏楽曲について最終的な打合せをするらしい。楽譜を胸にかかえながら「ほとんど楽譜は見ないで弾いてるんですけれどね……こんなにたくさんあって……」と振り返りざまに言う。そのちいさなはにかみを含んだひとことがいかにも小曽根さんらしい。
セカンドセットは、その小曽根さんのスピーチからはじまった。ある夜京子ママから電話がかかってきて「すばらしいドラマーがいるのよ」と高橋信之介さんを紹介された小曽根さん。しばらくして仕事を頼もうと京子さんに電話をかけたら「あの人アメリカに行っちゃったのよ」(笑)。その後数年して No Name Horses に参加してもらったこと。その不思議な縁。「アメリカからジャズミュージシャンがくると、みんなが ”How’s Kyoko ? ”と聴く。京子ママはそういう存在です。今回少し離れてしまいまいたけれど、 Blue Note に出演しているすばらしいミュージシャンが、終演後そのまま BODY & SOUL にやってくるのが常でした。そんな京子ママが80歳を過ぎて新しい挑戦をこの新しいお店でやる。そのジャズに対する愛と情熱に心から感動しリスペクトします。京子ママ、東京のジャズの火を消さないでいてくださってほんとうにありがとうございます。そしてこれからも頑張ってください!100歳、120歳まで!」。満員のオーディエンスたちは、京子ママに惜しみない拍手を贈った。「今デキシーランドの演奏を聴く機会はとても少ないんです。でも僕たちのルーツともいえる音楽です。デキシーランドはコンサートホールではなく、こういうクラブで聴くのがふさわしい。だからママに頼んでこういう機会を設けていただきました」。メンバーがステージにあがった。
セカンドセットの1曲目は ”When You’re Smiling。トランペットとトロンボーンの見事なかけあいのあと喜弘さんが歌い出す。”Oh when you’re smilin’….when you’re smilin’. The whole world smiles with you
” 。やがてそれはスキャットにかわるが、喜弘さんは英二郎さんのマイクを指し示し、歌うようにうながす。否応なく英二郎さんもスキャットで参戦、そこからは親子のスキャットでのかけあいとなった。オーディエンスは笑顔で熱狂した。エンディングの拍手の中、小曽根さんが「英ちゃん、歌うんだ!そうか!そうか!来週(10月22日)オーチャードホールで No Name Horsesコンサートがあるけどそこでも歌うよね。リードトロンボーンが歌いたがってるよと、エリックに言っておくね」。英二郎さんは、必死にカット!カット!のジェスチャーを繰り返すが、なにをしても、なにを言っても、オーディエンスの爆笑にかき消される。そして熱い喜弘さんの思いは全員に共有された。
2曲目は、10年ほど前に英二郎さんが喜弘さんのアルバムのために書いた新作デキシーランド “Life Is Beautiful”。 新作なのに極めてオーセンティックな美しい曲で、英二郎さんのコンポーザーとしてのルーツに触れる一曲だった。「さっきの英二郎くんのこどものころの話があまりにもおもしろくて、おとうさん(喜弘さん)にみんなもってかれちゃった感じですね」と笑う小曽根さん。しかし喜弘さんはこのふりでスイッチが入ったらしく突然英二郎さん13歳の話をはじめる。その唐突さがあまりにもおもしろい。「英二郎が13歳のころ、多摩テックという遊園地で、きちんと僕がギャラを払って一緒にステージに立ってたんですけど(「ピンハネなんかしてないよね?」と英二郎さん「するわけないよ。でもそんな生臭い話をするもんじゃない!(笑)」と喜弘さん)、CDを制作することになったんです。で、レコーディングをして、少し気に入らないところがあって撮り直しをしようとしたら、英二郎が横に立っていて『やりなおしてほんとによくなるの?』って……(爆笑)。それでやめたんです。」「⒔歳ですよね!今はもう少しやさしいんじゃないですかね。これいいね!とか僕らには言ってくれますよ」と小曽根さん。「そうそう。『いいね!』そのあとに『でも……』でってつくんですけどね」。英二郎さんは微笑むしかない。喜弘さんの飄々とした、しかし情熱的な語り口は、演奏でも同じである。
3曲目は底抜けに楽しい ” Bourbon Street Parade”。高橋信之介さんの強烈なドラムから入る。 “Let‘s fly down or drive down to New Orleans That city is pretty historic scenes
”。またもや喜弘さんのトランペットと歌が冴え渡る。もうこの熱さは誰にもとめられない。喜弘さんは、今でも1日4時間以上練習を欠かさないそうだ。以前は8時間やっていたが、あまりに練習をしすぎて身体を壊すから4時間に制限していると英二郎さん。いやまったく信じられない79歳である。
4曲目は小曽根さんと英二郎さんのヂュオでバッハの ” Air on the G strings(G線上のアリア)” が演奏された。ジャズのルーツがデキシーランドだとしたら、クラシック音楽のルーツはバッハにあると思うと小曽根さん。B♭の原曲を半音あげたらすごくジャズらしくなるのだという。「ひさしぶりにやるからきちんとできるかな?もし途中でわからなくなったらアドリブを入れるから英ちゃんついてきてね」とオーディエンスを笑わせた。ふたりの繊細で美しいかけあいによって、私たちは音楽のもうひとつの顔を堪能したのだった。
さて、ここで休んでいた他のメンバーがステージに戻り、さらに北村英治さんが呼び込まれる。小曽根さんは北村さんには小学生のころからお世話になっているのだそうだ。「こんなジジイを呼んでいただいてほんとうにありがとうございます。僕は、小曽根さんのおとうさんの時代からおつきあいをして、小曽根ファミリーにとても大事にしていただいています。もうみなさんご存じだと思いますが、マー坊の経歴にはすごいものがあります。そういえば、昔、僕がモントレーのジャズフェスティバルに出たとき、そこで会いましたよね。」「あのときはまだ学生でしたね。僕はフィル・ウイルソン先生のバンドで出ていた」。「僕が『今なにしてるの?』ときいたら『学校行って勉強してます』とだけ……。だからてっきり東京あたりで勉強しているのだと思ったら、実は既に名門のバークリー音楽大学の学生だったんですよね。しかし、そのことを少しも感じさせない。それだけすごい人っていうのは違いますよね。すごくないやつっていうのはね、やたら大きな顔をする。」「気をつけます!気をつけます!(笑)」と笑う小曽根さん。「ファーストセットのお客さんにもお話したのですけれど、北村さんとご一緒してからもうずいぶん時間がたったし、またコロナのこともあるので、北村さんお元気にしていらっしゃるかなあと気にかけながらも、あまりはやく出演をお願いすると、北村さんの気持ちが変わるかとも思ったので、実は今回依頼の電話をしたのは先週のことでした(笑)。今日はほんとうにありがとございます!」。
5曲目はベニー・グッドマン楽団がコンサートの冒頭で演奏することが多かったという ” Rose Room” ほのぼのとスイングする曲である。ミディアムテンポで心地良く、管楽器のかけあいに加わるベースとドラムのスインギーな表情がじつにチャーミングだった。
6曲目は底抜けに楽しい ” Tiger Rag”。「この曲リハやってませんもんね(笑)。楽しくなるよ!楽しくなるよ!いっしょに終われたらいいですね!」と小曽根さん。ドラムがアップテンポなこの曲のはじまりを告げるとトロンボーンの咆哮が加わる。やがて優美な北村さんのクラリネットのソロ、続いてトランペットを循環呼吸で鳴らし続ける喜弘さんの名人芸が披露され、クラブ全体が熱狂すの渦に……。そして ” Where’s that tiger ! Where’s that tiger! Where’s that tiger! Where’s that tiger ! Please play that Tiger Rag for me” 喜弘さんと北村さんが声をあわせて歌う。小曽根さんのピアノも機知にあふれてとても饒舌だ。笑顔の中でエンディングを迎えた。「これね、92歳のテンポじゃないですね。この艶といいテンポ感といい、ほんとうに北村さんは今年92歳なんですか?」と小曽根さん。「そう、勘定してみたら92歳だったの」(笑)と北村さん。「このまま僕たちと一緒に旅(公演)にででることができますね!北村さんはクラリネットを吹いてるとどんどん元気になるみたいです」「吹いているのが身体にいい。ようするに一年中深呼吸をしてるみたいなもんです。ほんとうに病気しないでありがたいなと思います。それでね、食いしん坊でおいしいものはどんどん食べるね。」「さっきもお隣で完食してらっしゃいましたからね……ちゃんとチェックしてるんです(笑)」「ほんとうにありがたいなあと思うのは、好きなことができるということですよね。昔ね、仕事だからしょうがないからクラリネットを吹くって言っていたミュージシャンがいて、僕は嫌ならやめればいいじゃないかと思ったんです。こっちは吹きたくてしょうがない。これがいちばんいいんでしょうね、自分のやりたいことをやる……。それとね、嫌なやつと付き合わないことです(爆笑)」。「今日は、北村さん、お歳こともあるし、スペシャルゲストだし、3曲ぐらい演奏していただこうと思ってたんです。そしたら、リハーサル終わったら『ほんとにこれだけでいいの?ほんとにこれだけでいいの?』っておっしゃるから、英ちゃん、北村さんは吹きたいんだよっていって、1曲増やしたのがさっきの曲です(笑)。」
「さて、次にバラードが演奏される予定だったんですが、どうしても僕は北村さんの Memories of You が聴きたいので、もう一回やってもらってもいいですか?」この小曽根さんの熱いリクエストを北村さんが断るはずはない。こうして7曲目は極上の “Memories of You” が再度演奏された。ブラボー!「これはね、天国にいるオヤジ(小曽根実さん)の、これはオレが弾きたいという声が聞こえましたよ。僕はずっとオヤジと北さんがこの曲を演奏するのを聴いて育ちましたから、ずっとこの曲が残っているんですよね」「ミー坊(実さん)の顔を見るとすぐMemories of Youをやっちゃうんだよね。やれっていわれないのにね」。ほんとうに美しい音楽の記憶である。そしてそれに相応しい美しい演奏であった。
このライブの最終曲8曲目は、オーディエンスの目の前で ” Sing,Sing,Sing” と決まった。予定されていた楽曲は次の機会に演奏される予定である。つまりこのメンバーでのセッションには次が……ある。英二郎さんがトロンボーンを選ぶきっかけになったこの曲を、メンバー全員が渾身の力で演奏。満員のオーディエンスも声にはならぬ感情の咆哮で応えた。高橋信之介さんのドラムが冴え渡る中、この夜の《デキシーランドジャズ特集》は大団円を迎えた。
本来、アンコールは一度ステージをおりるものだが、このライブではミュージシャン全員がステージに残っている。なぜなら……北村さんがはやく吹きたいと思っているからだ。ほとばしる音楽への愛がそこにいるすべての人の心を打ち抜こうとしていた。 “Body and Soul”。このクラブのテーマ曲である。北村さんのソロで演奏がはじまるが、小曽根さんがメロディをひきとると、ラフマニノフのピアノ協奏曲2番のあの美しい主題を引用して演奏する。あえてクラシカルに端正に弾くことで、心の中にある感情を幾重にも表現する。この演奏はもちろん京子ママにデディケイトされた。小曽根さんは「京子ママ、200歳までがんばってください!」とさらに励ますことを忘れなかった。終演後、小曽根さんは、“Body and Soul”とラフマニノフのピアノ協奏曲2番はキーが同じなので、とりこむことになんの問題はないのだと教えてくれた。さらに、これはオスカー・ピーターソンがすでに試みている手法で、自分のオリジナルではないことも……。ようするに、小曽根さんはこのライブで、父実さんから得たデキシーランドの経験、ピアノに目覚めるきっかけになったオスカー・ピーターソンの経験に挨拶をし、自分の音楽的故郷を俯瞰したのだろう。その場に立ち会える私たちは幸せである。
メンバー全員がステージから降りても、万雷の拍手がとまらない。もう一度ステージにあがった小曽根さんは、「新しいお店になって新しいルールができました。アンコールの2曲目からは別料金です!」と洒落た。こうなったら別料金を払う覚悟のオーディエンスである。選ばれた曲は “Avalon”。メンバーの全身全霊の演奏で、私たちは幸福の絶頂に導かれたのである。生きていてよかった!
クラブを去る直前、エントランス近くのテーブルに笑顔で座っていた北村英治さんに感謝のことばをお伝えした。北村さんは今でも毎日数時間クラリネットを練習しているそうである。部屋が防音になっているから深夜でも吹きたくなったら吹きますとも。マネージャーさんが、北村さんは心筋梗塞になって救急車に乗ったときも、クラリネットを離さなかったそうです。病室にもずっとクラリネットがありましたと語った。音楽の神に愛される人とはこのような生き方をするのだなと、その音楽への情熱と執心に心打たれたことだった。まことに美しい生き方である。
さて、われらが小曽根真さんのことである。私の友人は、小曽根さんの相棒 三鈴さんと小曽根さんのマネージャー岡本さんの近くにアサインされていた。終演後、彼女はふたりに「92歳の小曽根さんってどうなっていると思いますか?」と問いかけたそうだ。そうしたらふたりが声をあわせて「全然今と変わってないんじゃない」と応えたそうで、笑いがとまらなかったという。そう、北村英治さんがそうであるように、中川喜弘さんがそうであるように、音楽の神に選ばれ、そしてその声に応えて生きる人は、いつまでも若く変わることはないのだろう。そして永遠にすこしずつ進歩しながらやがてそれが終わる時がくるのを待つ。与えられた時間は、自らの配慮ではない。神の配慮である。その運命をまた小曽根真というピアニストは引き受けているのである。
92歳の小曽根真の演奏を聴くために、私は93歳まで生きねばならない。天国への階段を半分のぼって、そこで小曽根真のピアノを聴いて、昇天するどころか、もっと小曽根の音楽を聴きたいと現世に戻ってきた私である。やはり、私はなおライブで小曽根真の音楽を聴きたい。改めてそう確信した一夜であった。ただ感謝の言葉しかない。(了)
G線上のアリアをデュオで photo by Nakanishi-san
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