テナー・サックス奏者、レイモンド・マクモーリンについて、本作に参加したメンバー が次のように語った。世界的なドラマーであるジーン・ジャクソンは、こうだ。「彼はユニークなんだ!サウンドとアプローチが素晴らしく、レイ独自のヴォイスをもっている!自分自身の声をもつって、なかなかできないことだからね」
ジャズ界屈指のピアニスト、片倉真由子はこう語った。「レイちゃんの気迫!ハートから出ている彼の演奏は、情熱に溢れています。先人へのリスペクトと、自分のやるべきことを知っている、そのバランスも素晴らしいですね」
ベーシスト、栗谷 巧は札幌を拠点に活動するスタンスを崩さないが、それでもレイモンドは東京近郊のギグに彼を呼ぶ。その信頼に応えて、栗谷も語った。「彼の素晴らしさは、ホット&クール!歳が近いこともあっていい友人ですが、一緒に演奏していても感動します」
コネチカット生まれ、千葉県在住。ジョン・コルトレーンとファラオ・サンダースを敬愛し、ジャズの伝統に立脚しながら自身の表現に邁進する、真摯な演奏家であるレイモンド。2018年2月4日、青山BODY & SOULでハイレゾ・ライヴ・レコーディングが行われたが、彼の熱い思いがダイレクトに伝わってくる演奏で、ジーン・ジャクソン(ds)、片倉真由子 (pf)、栗谷 巧 (b) というジャズを心から愛するメンバーたちと繰り出す音楽の素晴らしさと熱気に、店内の気温が数度上がったように感じられるほどだった。
そのライヴの模様を収めた 1 枚と、2 月 22日と 23 日にスタジオ・レコーディングした 7 曲を 2 枚組としてリリースする、レイモンドの2 枚目のリーダー作『All of A Sudden 』。青山の人気ジャズ・クラブBODY & SOULが再開したレーベルの第2 弾になるが、アルバムのリリース自体が減っている今の時代にあって、2 枚組とは剛毅なことだ。レイモンドの意欲に加え、同店のオーナーである関 京子氏の気概にも感銘を受けながら聴いた本作だった。レイモンドの来歴は別頁にあるが、夫人になる女性とアメリカで出会い、若い頃から「海外で暮らしてみたい」という夢をもっていたこともあり、彼女の帰国後に来日する。千葉の小諸にある学校で英語の教員をしていた時代は、音楽室で一人練習に励んだ。彼の口から愚痴めいたことは何も聞いたことがないが、ジャズ・ミュージシャンとして活動する夢をもち続けていたレイモンドにとって、厳しい時代だったに違いない。ジャズは誰と演奏するかが重要な、ソーシャルな音楽だからだ。そういった環境の中、くじけることなく「自分のヴォイス」を獲得した彼を、筆者は二重に素晴らしいと思う。
日本に来て彼が夢を叶えていくには、2人のキーパーソンがいたと筆者は考えている。一人目は、今は亡き名ジャズ・プロデューサーの伊藤八十八氏だ。レイモンドの演奏に魅せられた彼は、ハンク・ジョーンズ最晩年の2 作品「ジャム・アット・ベイシー」(2009年) と、遺作となった「ラスト・レコーディング」(2010年) にレイモンドを迎えている。後者は、レイモンドだけが日本からの参加メンバーだから、余計八十八氏が彼にかけた期待を知ることができる。そして、関 京子氏だ。レイモンドが個性輝く素晴らしいテナー奏者であること、人として温かく、良き父親として子供さんの面倒をよく見ていることに動かされ、彼をより多くのジャズ・ファンに知ってもらいたいと心を砕いている。
このアルバムは、アフリカン・アメリカンでジャマイカにもルーツをもつレイモンド・マクモーリンのドキュメントであり、彼の今後の活躍を予言する作品だ。「人の心に触れる音楽を演奏して、辛い人、悲しんでいる人を癒したい」と語るレイモンド。彼の熱きブロウに触れ、励まされる人が増え続けていくことを、筆者も確信している。(2018年5月記)